仔猫をお願い

 セントゥル学園の教師、マリウス=ブルー・シアーが2匹の猫を飼っているのは有名な話。真っ黒な『ユーリ』と灰色の『アルト』。最近、2匹が散歩に出たまま帰ってこない。どうした事かと探せば良いのに、細かい事は気にしない雑な性格のせいで、すっかり放置されている。最近と思っているのはマリウスだけで、その実、すでに3ヶ月は経とうとしていた。
「マリウス…ユーリとアルト、帰ってきた?」
「ジェイク?何泣きそうなカオしてるの?きっとその辺を散歩してると思うよ」
 自称・超絶美形天才魔術師のジェイク=ローティスは同僚の猫、とりわけ黒猫のユーリがお気に入りで、行方不明になってから飼い主より熱心に探している。魔法で探せば簡単なのだが、如何せん探索系の魔法は不得意なのだ(地味だから)
「俺のユーリ…」
 ジェイクはお得意のオーバーアクションでユーリがどうしているのかを想像しては心配だと伝えるのだが、マリウスはそれを流して聞き入れない。

 《スペード》Aのエセル=ローエングラムは裏庭で固まってしまっていた。何故なら、《ダイヤ》Aのベル=キャンティに抱き付かれ、更にウルウルとした黒曜石の瞳で見上げられていたからだ。
「エセルちゃん。ベルのお願い聞いてくれる?」
「…お、おい。しがみつくな、よ」
「だってぇ…エセルちゃん、ベルのお話聞いてくれないでしょ?」
 ゆったりとした物言いをするベルの話を、せっかちな方のエセルは最後までマトモに聞いてやった事はなかった。話が終わるより前に話の結論を予測してまとめてしまうので、ベルはちょっと不満に思っていたのだ。しかし、ベルのペースで話をしているといつまで経っても話が終わらないどころか、途中でループする事もしばしばあるのだ。エセルが話を切り上げるのも仕方のない事なのだ。
「…聞く!聞くから放せ。お前も女子なんだから慎め!」
 エセルは真っ赤になりながらベルを引き剥がした。
「あのね…ベル、猫飼ってるの。茶色のショコラと〜チロルと〜真っ白のホイップ☆」
「ああ」
「それでぇ…この間から餌付けしてた猫ちゃんが居るのね〜」
「ああ」
「でも〜ベルはショコラと〜チロルと〜…」
「ホイップだろ?」
「うん☆飼ってるの〜。だからぁ…猫ちゃんはこれ以上飼えないの…」
「だから、餌やるだけだったんだろ?」
「うん。でも〜猫ちゃんが増えちゃったの!」
 まるで分裂して増えたとでも言うような物言いに呆れつつ、エセルは相槌を打ってやる。
「それで?」
「エセルちゃん!」
「なっ、なんだよ…」

「仔猫…貰ってくれる?」

「――はぁ?」

 ――要約すると、ベルは餌付けをしていた猫が居た。その猫がどうやら子供を産んだらしい。そして、既に3匹の猫を飼っているベルはこれ以上猫を飼えない。そこで、偶然通りかかったエセルに仔猫を貰ってもらおうという話なのだ。

「エセルちゃん、猫キライ?」
 ウルウルとした瞳で見つめてくるベルを見ないように視線を泳がすエセル。
「…キライ、じゃないけど…」
「じゃあ、飼ってくれる?」
「…それは、無理だ」
「キライ?」
「…キライ、じゃない」
「じゃあ、飼ってくれる?」
「…それは――」
 ズイッと身を乗り出してくるベルに逃げ腰のエセル。カリスマ王子とあだ名される普段の思考が正常に作動しない。それでも、何とか考える。
「ダメ?ダメなの?」
 ベルの瞳に涙が溜まってきた。零れる前に案を考えないと「わかった」と言ってしまいそうな自分を助けてやらなければ。エセルは何とか考えをまとめた。
「猫なら、マリウス先生が飼ってるはずだ。もしかしたら、引き受けてくれるかもしれない」
「そっかぁ☆先生に訊いてみる〜!」
 エセルはホッと胸を撫で下ろす。
「あっ!」
 ベルが大きな声をあげたのでドキッとする。同時にイヤな予感が

「一緒に…来て、くれる?」

 マリウスの研究室に母猫と仔猫を入れたダンボールを抱えたエセルと父猫を抱えたベルが訪れたのは放課後。マリウスが優雅にお茶をしている横で、傍から見るとまるで一人芝居を演じているかように何やら訴えているジェイクの姿があった。
「先生、猫飼いませんか?」
 エセルがそう言うと、マリウスはゆっくりと立ち上がってダンボールの箱を覗いた。
「お帰り、ユーリ」
 母猫はマリウスが指で撫でると嬉しそうに擦り寄ってきた。
「先生の…猫ちゃん?」
「そだよ。この子がユーリ、こっちがアルト」
「ユーリィィ!どこに行ってたんだい?心配したんだぞ!」
 ジェイクが勢い良く駆け寄ってくる。
「そうか〜子供が生まれたんだね〜」
「そうなの〜。ベルがお世話したんだよ〜。エライ〜?」
「ありがとうね。生まれた仔猫は3匹か…どうしようかな?」
「エセルちゃん!」
 エセルは顔を背けた。
「1匹は僕が飼うとして…あとは里子に出そうかな…」

「――ちょっと待て!ユーリの仔なら俺の仔も同然!俺が責任を持って飼う!」

「やっぱ、里子に…」
「無視すんなァ!」
 マリウスはクスリと笑って、ダンボール箱をエセルから受け取ると、ジェイクに見せた。
「ユーリィ…お前、こんな可愛い仔を…よく、頑張ったな」
 涙目になっている。自称・超絶美形が完全に崩れただらしない表情になっていた。
「…でも、生まれた子供、どう見ても3匹ともアルト似だよね…」
「うるさい!ユーリの仔なんだ、美猫(びじん)に育つ!」

 ――こうして、猫騒動は解決した。

「エセルちゃん!」
「…な、何だ?」
「あのねぇ…ベルのお話聞いてくれる〜?」
 それからというもの…エセルはベルに懐かれ…困り果てていた。

BY氷高颯矢

「100題」から「仔猫」でした。
エセルはシャイ・ボーイなのでベルに引っ付かれるのはかなり困るという話。
漫才コンビのジェイクとマリウスも登場しましたね。
あの二人はボケとツッコミがはっきりしているので書きやすかったです。
猫のイメージは「マカ●ィア」のCM。
ユーリが美猫(びじん)でアルトが元気。